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By ShureJapan |  Comment(s)

CHICO CARLITO (2015年UMBチャンピオン) インタビュー

SHUREのマイクって当たり前のようにどこにでもある、それってスゴくないですか?

取材・文・写真: 伊藤大輔

ここ数年、国内ヒップホップのレベルをアップさせた要因にひとつにMCバトルがある。各都市のストリートでは夜な夜なサイファーが開かれるようになり、ヒップホップは若者のカルチャーとしての魅力を再度、纏うようになった。現在は一般のリスナー層でも知るラッパーたちを輩出し、鍛え上げてきたのがMCバトルだ。ここで紹介するCHICO CALITOは、ラップをはじめてほぼ3年で、MCバトルの権威でもある全国大会“ULTIMATE MC BATTLE(UMB)”の頂点を掴んだという“天才児”。マイク一本で名声を勝ち取ろうとするラッパーたちが愛用するのは、SHURE SM58。今、シーンがもっとも注目するラッパーであるCHICO CARLITOに自身の音楽観について、さらにはSM58についても聞いた。

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【CHICO CARLITO とは?】

沖縄出身。18歳の頃にMCバトルを見てラッパーとしての道を歩みはじめる。活動開始後、間もなくして上京。北千住のサイファーにて頭角を現わし、ラップ・ユニットBang Da Rhythmを結成する。バトルMCとしては、関東を中心に数多くの大会に出演し、CROSS-DOMINANCE、戦極MC、THE 罵倒、B-BOY PARK MC BATTLEなどで成績を収めている。2015年にはMCバトルの権威でもある全国大会、ULTIMATE MC BATTLEにて優勝を飾り、MCバトル界の新しい王者となる。

ー最初に音楽に興味を持った経緯は?

最初ですか……? ずっと昔から歌が好きで、たぶん一番最初に歌に反応したのは1歳のときで、ずっと歌を聴いて踊っていたみたいです(笑)。そのあとだと高校生のときに、メロコアとかのコピーバンドをはじめ、ボーカルをやってました。ギターもやってみたんですけど全然うまくならなくって、バンドも一年くらいでやめちゃいました。高校を卒業してから一年間プラプラしていたときにラップを始めました。だからほかの人に比べても(ラップを)はじめたのが遅いんですよね。もっと以前から周りの友達はヒップホップを聴いていたけど、自分はあんまりしっくりこなくて、自分で興味をもって聴き始めたのは18歳の頃でした。

ー何でまた、ヒップホップがしっくりくるようになったのでしょう?

そのころちょっとヘコんでいたからかな(笑)。自分がそんなモードのときにすごくリアルなことを歌っているラッパーたちの曲を聴いて、“いいな”と思ってのめり込みました。

ーラップをやろうと思ったきっかけは?

地元の先輩が沖縄のMCバトルで優勝して、10万円を獲得したんです。それを見て“オレにもできる”って思って、フリースタイルをやるようになりました。最初は“簡単そうだ”って思っていたんですけど、やってみたらめちゃくちゃ難しくて。改めてそのときのバトルで優勝した先輩ってスゴいなって思いました。

ーMCバトルのどこに難しさを感じましたか?

まず即興でやること。あと、相手の言っていることをちゃんと聞かないとMCバトルってできないから、そこも難しいところです。あとバトルって……ホントに緊張するんですよ。オレ、先輩がバトルで優勝した一ヶ月後にはバトルに出ていたんですが、緊張してステージに上がる前に吐いちゃって。優勝する気満々だったのに、あえなく一回戦負けでしたね。ちょうど2012年のときです。

ーと言うことは、バトルを始めてすぐに上京したんですね?

ええ。上京前に沖縄で3回MCバトルに出て、すべて一回戦負けで、散々な結果に自信を無くしていたんです。そのまま上京して大学に入ってからは、北千住のサイファーに出るようになって、そこでは”お前、けっこう上手いじゃん”って褒められて。最初は“ホントすか?”みたいな感じだったんですが、サイファーでKuragaly productionの0032さんと出会った後にBang Da Rhythmを結成し、一緒に活動するようになりました。

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ーMCバトルのどこに魅力を感じましたか?

“バトルができて強い”って、ラッパーにとってはひとつの指標になるから、単純に憧れますよね。それにバトルは白黒が付くから分かりやすいし、賞金がもらえるのも大きいです。ファイトマネーって感じもあるし、MCで戦ってその結果次第によっては何かにつながっていくのって、やっぱスゴいことだって今でも思います。もちろん、バトルとライブや音源は別ものですけど、ラッパーとしてはその全部をやってみたいし、その一貫でバトルにハマっていったんじゃないかなって思います。

ーMCバトルを重ねるうちに、自分らしさに気づいたのはいつごろですか?

2015年ですね。上半期のころはゴタついていて、そのおかげで自分の立ち位置が見えてきて、何するべきか考えてバトルができるようなりました。どうやって自分のスタイルが出来上がってきたかは、あんまりよく分からないんですけど……その頃からより生になっていったというか、以前よりも本音で勝負できるようなりました。特に理由はないんですけど、バトルに全然出なくなった時期があって。それを経て自分としてはガラっと変わった感じもありましたね。

ー勝ち方のセオリーみたいなものが見えてきた?

いや、バトルは今でも必死で戦ってます。ただ、バトルで負けっ放しだったときは韻を踏もうとしていたんだと、今は思いますね。もう少し技術的なところだと、言いたいことをちゃんと8小節に収められるようになりました。

ーCHICO CARLITOさんのバトルのラップを見ていると、熱さで押す部分がありながら、柔軟なフロウを持ち合わせているの持ち味だと思いますが、そういった多様なフロウはどうやって身につけたんですか?

USのラップを聴くようになったからかな……でも、沖縄出身のラッパーって、みんなフロウが上手いんです。大阪のラッパーは韻を踏むのが得意みたいな感じで、地方によっての特色みたいなものなんですかね? フロウに関しては意識したことがあまりないです。

ーあ、そうなんですね。けっこうビートを後ろにひっぱるようなリズムがユニークだと思ってたんですけど。

あ、それはよく言われます。はじめてレコーディングしたときにエンジニアさんに”リズムが0.5拍くらい後ろにズレてて、それが良い感じになっている”って言われて、そのときに初めて、自分のリズムとかフロウに気がつきました(笑)

ー最近はレコーディングする機会も増えていると思いますが、歌詞を書いて作品を残すのと、MCバトルでのフリースタイルのラップではどういった違いがあると思いますか?

バトルは当たり前ですけど、目の前にいる敵に対して、リリックは自分自身と対峙して書くってことが大きな違いですね。一番最初にレコーディングして自分の録音を聴いたときは、本当に恥ずかしかったです。声もダサいし、ラップもダサくって”うわぁ~”って感じでした(笑)。

ーMCバトルは基本的には即興ですが、何かしらの引用もあったりしますよね?

引用というか口癖みたいなものはありますね。でも、バトルって口癖とかがない人のほうが強いと思います。“そういうことだぜ”とか“~みたいな感じ”って言わない人、あとは相手の言ったことに対して韻のバリエーションがあって、自分の韻に踏み換えられる人とか……まぁ、いろんなスタイルはあると思いますけど、オレは気持ちがノッっちゃうとそれまで言ったこととか全部忘れちゃうから、まだまだだなって思います。

ーMCバトルのTV番組「フリースタイルダンジョン」での快進撃は目を見張るものがありました。

ありがとうございます。ちょうどさっき言っていた自分のスタイルを見据えられてから、番組に出ることができたので、流れもよかったです。でも、TVでのバトルは本当に緊張しました。サイプレス上野さんと初戦で当たったとき、ワン・ヴァース目で自分のパートが終わったあとに、息が出来なくなっちゃって、必死に脇腹を抑えながら何とかラップして。あんなことは初体験でした。

ーフリースタイルダンジョンに出演して得たものは?

あの番組出演している先輩ラッパーの方々は、みんなそれぞれのスタイルで積み上げたものがあるからこそドラマもあったからこそ、地上波の番組に出ているって分かったことですね。だってTVでMCバトルですよ? それって普通に危ないことっすよ(笑)。あの番組に出て、オレももっと頑張ろうって素直に思いました。

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ーMCバトルの権威でもある大会、ULTIMATE MC BATTLE 2015ではチャンピオンに輝きます。

UMBは全国大会だし“日本一感”があるので、ずっと表彰台に立ちたいって思っていました。まず、沖縄代表になりたかったんですが、順序が逆になっちゃいました。

ー最終的にはリベンジから勝ち上がっての全国制覇になったわけですが、沖縄戦の敗退は悔しかったのでは?

マジで悔しかったです。実は2013年にUMBの横浜と埼玉の大会にエントリーしていたんですけど、内地(本州)に来て、内地の代表になって……オレは何したいんだろうって思って。2015年のUMBは、フリースタイルダンジョンの収録が終わってから、初のバトルがUMBの沖縄大会だったんです。だから流れも悪くないって思っていたんですけど、いざ本番になったら普段オレは関東にいるから“内地だ”とかって足元をすくわれ、こっちも熱くなっちゃって……まぁ、実力不足でしたね。

ーとは言え、UMB 2015の決勝戦のバトルは凄まじいものでした。今思えば、UMB2015で優勝できた要因って何だと思いますか?

2015年12月は日本のラッパーのなかで、一番バトルに出ていたんですよ。延長も合わせたら30本、いや、もっとやったかもしれないです。めちゃくちゃ気合い入ってたし、多くのバトルのなかでいろんなものを吸収して、その流れで一気にいけたんじゃないかなって。勝負勘もあったかもしれないですね。

ーそういったところでバトルMCはアスリート的な感覚を持っているのかもしれませんね。

もちろん、あえてそういう流れにしたわけじゃなくて、そのときは出るバトル全部勝ちたかったので、目の前のことに精一杯でした。いや、今、思い返しても2015年の12月はヤバかったですよ(笑)。

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UMB2015 CHICO CARLITOカスタムのゴールドSM58

 

ーSHURE SM58をはじめて使ったのは?

2012年にはじめて出場したMCバトルですよね。SHUREのマイクって当たり前のようにどこにでもある、それってスゴくないですか? だから本当に意識せずにSHUREのマイクを使うようになりました。

ーCHICO CARLITOさんは高域に特徴のあるヌケの良い声ですが、マイクの握り方で気をつけていることはありますか?

握り方はハコの特性に合わせて変えています。ハウりやすいような現場のときは、ヘッドに手をかぶせないようにします。でも、自分は声が高いので適度にヘッドに手をかぶせるほうが低域が出て、バランスもよくなるかなって思っています。ただ、そのあたりはパフォーマンスに合わせながら感覚的にやっています。こういうマイクの使い方って声質や現場の環境も左右する深いものだから、自分よりももっと若いラッパーに教えてあげたことがいいなって思っています。

ーそれはどうしてですか?

サイファーあがりのラッパーだと、まったくマイクを使った経験がないって子もいるから、口元からマイクが遠くてラップが全然聞こえなかったりもして。だから、対戦相手のラッパーが“マイクにもっと近づけたほうがいいよ”って言ってあげたりすることもあるんですよね。

ー今後の活動予定は?

まずはシングルを出して、それからアルバムを出そうと思っています。そのへんはだいたいやりたい方向性も決まっていますね。もちろんバトルのことなどはほとんど歌詞に出てこないし、それ以外に言いたいこともいっぱいありますから。とりあえずアルバムを出してライブでいろんなところを回りたいですね。

 

CHICO CARLITOプロフィール

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1993年、沖縄県那覇市生まれ。MC名の“CHICO CARLITO”はプエルトリコ系アメリカ人の祖父のあだ名“CHICO”と、映画『カリートの道』から命名。

18歳の時にヒップホップを聴き始め、すぐにラッパーとしてのキャリアをスタート。わずか1カ月後には地元沖縄でのフリースタイルバトルに出場し、バトルMCとしてのデビューを果たす。

その後、拠点を沖縄から埼玉県草加市に移し、TENGG、ARISTOと共に3MCのグループ、Bang Da Rhythm(Kuragaly Production所属)を結成。グループとしての活動と並行して、出場した様々なMCバトルにて瞬く間に頭角を表わし、数々のタイトルを手にする。

2014年に開催された『戦極MC感謝祭 ミュージックビデオ杯』の優勝賞品として、ソロ曲「C.H.I.C.O.」をMVにて発表。2015年秋には人気テレビ番組 『フリースタイルダンジョン』での活躍も大きな話題となり、その勢いのままLIBRA主催の『UMB GRAND CHAMPIONSHIP 2015』にて優勝し、名実共に日本一のバトルMCの称号を得る。

2016年に入ってからは作品のリリースにも力を入れており、KEN THE 390のミニアルバム『真っ向勝負』収録のタイトル曲にてMC☆ニガリ、KOPERU、晋平太と共にフィーチャリング。ZEEBRAが主宰するレーベル、GRAND MASTERからリリースされたコンピレーションアルバム『SUPER NOVA』にもソロ曲「Ground Zero」 で参加している。LIBRAからのDJ CELORYプロデュースによるシングルリリースを経て、現在、1stソロアルバムを制作中で、さらにBang Da Rhythmとしてのデビューも期待される。

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